ふぃぃーー
やっとこさ緊張の一週間がおわったぁ! きょうはお昼の礼拝でメッセージをすることになっていたので 今週は勉強や聖歌隊でいそがしい合間をぬりつつも あーでないこーでもないと原稿を準備していました。 事前にチャプレン助手のボンさんから 学生生活の中で感じたことや良かったことを 素直に言葉にしてみるといいよ というアドバイスをいただいていたのですが そうはいってもこれがなかなかうまくいかないもので(^^; 伝えたい言葉がありふれた思いにガバガバ覆われて うまく文章としてつながらないのには相当焦りを感じた。 でも、言葉を繕っていることに気づいてからは なんか気負っていた自分がバカらしく思えてきて もういいや、思うままに書こう!ってなって 前日28時に原稿が出来上がりました。 で、さきほどメッセージをしてきたわけで。 本番って、なんで手とか足とかあんなに震えるんだろうねw 顔引きつってなかったかなぁ。 声は自分でも驚くほど静かだった気がする。 とある内容に泣きそうになった所があったけど それもなんとかこらえて話し続けることができてよかった。 なるべく前を見て話そうとしていたけれど 前にいる一人ひとりの顔を見て話せたかというとちと怪しい。 反省が次々に湧いてくる。 いや、でも安心する面々が来てくれていたのは とてもうれしかったしすんごい励みになった! いそがしい中チャペルまで来てくれてありがとう。 拙いメッセージだったけど率直なリフレクションがあると たっしはもっと喜びます(・∀・) 司式をしてくれたツンさん、 オルガン奏楽をしてくれたえっつん。 このふたりにもスペシャル・サンクス。 最近自分の教会の礼拝に出席できていないのが負い目だった。 誰でも守るべき大事なものがあると思うけれど クリスチャンである自分にとって日曜日は大事な一日。 またあの教会で礼拝をささげたい。 メッセージをすることで自分の原点を思い巡らす中 そんなことを改めて思いました。 さて、これから夜勤に出かけてきまーす! 明日はゆっくり休むぞーー♪ しっかしきょうの暑さはハンパないねー。 気づけばもう7月か・・・ #
by after-dusk
| 2008-07-04 14:18
| 日記
きょうはちょっとした会話の中でいろいろな気づきがあった。
たとえば、皆が不安の中に生きているということ。 いつも精一杯がんばっていてエネルギッシュな彼も彼女も ひとの素知らぬ部屋の奥で悩みに頭を抱えている。 人間なんだからありとあらゆる心の動きがあって当然なのに そのひとのある一面しか見ていないと 大丈夫とそのひとを向こう岸へ流してしまう。 そんな自分もなにかと大丈夫なひとのようらしい。 わりとしっかりしてそうだし? わりと年もかさねてきてるし? あとわりとうまくやっていけてるよね? そう、わりと、割とね・・・・。 でもさ、わりと大丈夫そうなひとほど必要としてる。 その手でポンと肩をたたいてくれて 「最近どう?」なんて声をかけてくれることなんかを。 茫漠とした不安を不安と言ってしまうことにためらいを感じていた。 どうせそれを言ったって不安の一部すら解決されない。 そんな無力を感じては口をつぐんで 自分の一面だけを自分らしく仕立て上げて ついには不安を先延ばしするくらいしか 自分を保つ術はなくなっていた。 たしかに見せかけの自分は偽りかもしれない。 ただ偽りという字は「人為り」とも読める。 仮面を付けた自分も自分自身には違いないんだ。 だから本当の自分なんて探しても探せるもんか。 だってずっと自分と一緒だったのだから。 わずかに言いたかったことからずれてきたかも(´・ω・) 要は、気持ちを誰かと分かち合うことがいかに大切か。 それが言いたかったんです。 ひとりでうつうつとしてると 自分の内的ワールドに埋没してしまう。 で、それに慣れてくると埋もれてる自分に気づけなくなって ひとの声に敏感になれなくなる。 刺激を刺激と思えなくなる。 対話が必要。 ひととも、神さまとも。 そして心の鏡にうつる自分とも。 分かち合う時間に飢えてます自分w #
by after-dusk
| 2008-06-24 01:29
| 想
月曜日は午後から授業がある日。
3コマという講義数は他の曜日とおなじなのに 講義が終わるとどっと疲れが出る。 この差はなんだろうね。 一週間のはじまりだからかはたまた 実験心理学が面倒だからか・・・・。 午後の3時に教室の中で統計のための数式を駆使しては あーだこーだとひたすらに問題を解いていく。 天気もいいってのになぁ、散歩に出かけたいよ。 頬づえついてたらふともったいない気がした。 でも臨床心理学には必須と言える心理統計は やはり勉強しておきたい!! きょうちょっとした問題を解いてて思ったけど イミフな公式も使っていれば用い方がわかってくるもんだ。 心理学が科学たる所以を実感。 ただ、実験でひとの心を測れるのか、測って良いものなのか その倫理性についても考えさせられる。 まあこちらはおいおい考えていきたいですな。 いやしかし・・・やっぱエクセルは苦手だ。 どうして今の学生はすいすい作業ができるの? 高校でやってきたから?? 自分が高校生の頃はパソコンの授業なんて無(ry はあああ・・・この苦手意識克服したいなぁ・・・・orz ま!なんとかなるっしょ!(でた自己完結w) それはそうと Superflyは友達から借りられたし バインの新譜も発売間近!! これほどのwktkはひさびさであります(゚∀゚) #
by after-dusk
| 2008-06-16 21:24
| 日記
映画「靖国」を観てきた。 いろいろ物議が醸しだされていたから つい公開しないものかと思っていたけど むしろ延長やら拡張やらとじわじわ 評判が沸いてきているようです。 さて内容の感想はと言うと 可もなく不可もなくといった印象。 良かったと思う点は ・ナレーターなしのドキュメンタリーもの ・カメラワークの生々しさと臨場感 ・多角的に事態をながめられるところ ・舞台裏の出来事 一方良くないと思う点は ・音声の聞き取りにくさ(特にインタビュー時) ・映像や写真の取捨選択 といったところでしょうか。 全体的にみて良い作品だったと思う。 少なくとも学生料金1500円を払って観る価値はある。 靖国神社御神体のひとつに「靖国刀」というものがある。 その最後の刀師という人物がインタビューに答える映像が 全篇をとおして至るところでみられたが そこには刀師としての顔、戦争経験者の顔、平和を願う一人の顔など さまざまな表情もみられた。 僕にはその一連の様がシンボリックに思えた。 彼は多くを語らなかった。 あの戦争での体験を。 「もうあそこには行きたくないなぁ」というつぶやき。 戦地の記憶を思い出していたのだろうか。 推測の域を出ない。 8月15日に「天皇陛下、万歳」と声高に叫ぶ人々。 首相の靖国参拝に反対する青年を暴行する人。 あるいは暴行された青年の主張。 愛する人を合祀されたことに抗議する遺族。 いろいろな人々の思いがある。信念がある。 普通に生活をする分にはいさかいは生まれないだろう。 しかし、いざこの靖国問題を介すると対立が生じる。 譬えるならば、左右の道を分かつ時に きょうの友があすの敵となるのだ。 なにより対話が必要と思う。 感情と感情がぶつかった埒の明かぬ話ではなく 落ち着いて、論議する機会が必要なのだ。 それは相互に理解するため。 妥当な点を模索するため。 平和を希求する思いは皆同じではないか。 最後に、どうしても気になったことがある。 それは「日本人とは何か」という命題だ。 「日本人なら靖国の英霊に表敬せよ」と言われても なぜそうしなければいけないのか分からない。 これは殉死していった人々を偲ばないという意味ではなく 日本人ならこうすべきといった論理への疑念だ。 短絡的な論調が今の「プチ右翼」とか「にわか左翼」などを 生んでいる気がしてならない。 大和魂とも言われる日本のこころとは何か。 再考する必要性がある。 国のアイデンティティ・クライシス。 それは自らを規定する(してきた)価値観を 見直すきっかけかもしれない。 #
by after-dusk
| 2008-06-14 21:45
| 日記
8日正午、秋葉原で無差別殺傷事件が起きた。
通行人が犠牲となり、20時の時点で7名が死亡、 10数名が重軽傷という状況のようだ。 僕は日曜日、秋葉原経由で埼玉の教会まで通っているので きょうもいつものように帰りはアキバをとおった。 しかしいつもと違っていたのは あの歩行者天国のゾーンが閉鎖されて 警察が慌ただしく動いている様子。 そして野次馬と化した通行人の群れだった。 悲鳴が駆け抜けたアキバだったが 僕が行った頃にはいつも通りのにぎやかさが戻っていて 白昼の凶行がほんの束の間の出来事だったのだと 逆におしえてくれるのがまた何とも不気味だった。 家族や友人などはさぞかしショックだろう。 まずなによりも現実を受け容れられないと思う。 気持ちは混乱に次ぐ混乱ではないだろうか。 もし自分が当事者だったとして とても大事なひとを失ったとしたら・・・。 考えがよぎるだけで恐ろしい。 犠牲に遭った方々を悔やんでも悔やみきれない。 本当に残念だ。 遺族や関係者の方々がいやされるよう祈りたい。 #
by after-dusk
| 2008-06-08 21:10
| 日記
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